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ガダルカナル島

日本軍が占領しルンガ飛行場(後のヘンダーソン飛行場、ホニアラ国際空港)を建設していた。しかし、アメリカ軍が上陸すると日本軍の度重なる奪還作戦は失敗、1943年2月に日本軍は撤退した。

ツラギ、タナンボコ、ガブツなどの島に海軍の横浜海軍航空隊(水上機部隊)と陸戦隊(第八十四警備隊)が駐留していた。ツラギ島にはソロモン諸島の政庁が存在し、港町として発展していた。ガダルカナルと同じ7日早朝、海兵隊が上陸開始。多大な損害を与えたものの、翌8日に玉砕した。
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ガブツ、タナンボコ両島は木造の連絡橋で結ばれていた。ガブツ島には7日の午前10時に米軍は上陸を開始し、同日中に守備隊は玉砕。タナンボコ島には7日21時に米軍は上陸を試みるも失敗。翌8日、米軍は15時と16時頃に攻撃を開始するも、守備隊の抵抗に遭い一時撤退する。しかし17時頃に、米軍は軽巡1隻、駆逐艦2隻を島の北方500mの至近距離に進出させ、艦砲射撃を開始した。この攻撃により、守備隊は3人を残して全員が玉砕し、その後米軍は同島に上陸を開始。同日中に無血占領を果たした。

1942年5月3日、早速日本海軍はわずかな守備隊と飛行場設営隊を送り込み飛行場建設を開始した。一方この情報をつかんだアメリカ軍は、8月7日に飛行場建設が完成目前のガダルカナル島に海兵隊16,000名を上陸させ、さしたる抵抗も受けずに島を占領した。

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2009年11月02日 02:54に投稿されたエントリーのページです。

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